ブラジリアン柔術の80%はフィジカルなのか?

ブラジルの名門道場である「アライアンス柔術」で指導をしている元柔術世界王者 マイケル・ランギ選手が「柔術の80%はフィジカルだ」とYouTubeで発言していたのですが、今回はその言葉の真意について考えてみました。

どんな場面での言葉だったのか

この動画の5分45秒あたりでマイケル・ランギ選手が「Let's go, jiu jitsu is 80% physical」と言っています。この部分だけが切り取られてSNSで拡散されていることに違和感を感じていました。

さらに同じようなタイミングで、RIZINで次戦クレベル・コイケ選手と対戦する鈴木千裕選手が試合前に「パワーの前には技術は無意味」「ぶっちゃけ、寝技には力」などと発言していましたが、試合ではクレベル選手が柔術のスキル差を見せつけるようにハイマウントからのアームバーを極めていました。

さて、マイケル・ランギ選手はどういう意図で発言していたのでしょうか。

「柔術の80%はフィジカル」という言葉の背景

jiu jitsu is 80% physical」という発言が「どんな目的で」「誰に向けた言葉か」によって、ニュアンスは大きく変わります。

発信者柔術元世界王者のマイケル・ランギ選手
シチュエーション試合前の選手練のような環境
誰にブラジレイロで表彰台を目指すようなトップレベルの選手たちに
どのような場面で「高速バーピー」を反復するフィジカルトレーニングの場面で

そして、この言葉の直後にはこんなことも言っています。

and we are going to get to tha competition without fear of getting tired.Let's go to 100%.
(そして、疲れを恐れずに試合に臨む。100%でいこう。)

5分50秒あたりの発言

このフィジカルトレーニングの前には、パスガードのドリルをものすごい回数で反復していたので、決してテクニックを疎かにするような雰囲気ではありません

疲れを恐れずに試合に臨む」と直後に発言しているように、ここでいうフィジカルとは試合で動き続ける基礎体力の部分。試合終盤まで疲れでペースダウンせず、本来の動きを継続する体力が必須であることが文脈からは読み取れます。

競技柔術における「フィジカル」の定義とは?

どんなに技術があっても、フィジカル要素で劣ってしまうと実力が拮抗した相手に競り負けてしまう。だから、フィジカル要素では負けないようトレーニングしておくことが重要だとマイケル・ランギ選手は言っているように思えます。

ヒクソン・グレイシーの見解

たまたま本棚にあったのですが、2003年9月に発売された「総合格闘技入門(危険です!この本だけはボブ・サップに与えないでください。)」という雑誌でのヒクソン・グレイシーの言葉ですが、ヒクソンは肉体的能力で相手に劣っても、メンタリティと戦術で相手を制することができると語っています。

表面上、ファイトは60%の肉体能力と40%の技術的能力で勝負は決される。だからフィジカルが強い男は侮れない。

しかし、それらを包む形としては見えない能力も必要とされる。メンタリティ・・・心をコントロールする能力だ。私には、いかにフィジカルに優れ、パワーのある相手に対しても、彼の弱点を見出す力があると思っている。

総合格闘技入門 ヒクソン・グレイシー インタビュー より抜粋

近年、ブラジリアン柔術のテクニックは世界中でシェアされて、競技者それぞれの技術レベルも向上し続けており、トップレベルの選手たちの実力が拮抗してテクニックだけでは勝敗がつきにくくなっているので、フィジカルの重要性が増しているのかもしれません。

「柔よく剛を制す」の本来の意味

柔道では、体の小さい人が相手の力を利用して大きい人に勝つことを指して「柔よく剛を制す」と表現されます。これを「技術はフィジカル差を覆すことができる」と理解している人は大勢いると思います。

しかし、「柔能く剛を制す」はもともと古代中国の兵法書「三略」に記載されたことわざで、本来は「柔軟なものでも、強いものを制すことができる」という意味。「柔が剛を制することある」ということ。さらに言うと「柔」「剛」「弱」「強」それぞれを兼ね備えて、場面に応じてうまく使い分けるという文脈の一部なのです。

柔に偏ることなく、勝負を制するには剛も弱も強も大切ということです。

まとめ

マイケル・ランギ選手が言った「柔術の80%はフィジカル」は、正確に言うと「ブラジレイロやムンジアルの表彰台を目指すには、フィジカル要素がすごく重要」という意図なので、RIZIN.43の鈴木千裕 vs クレベル・コイケのように、そもそもの柔術スキルに大きく差がある場合とは次元の違う話です。

「フィジカルが強い人」といえば、インターハイレベルの柔道・レスリング選手などのフィジカルエリートを思い出します。彼らは普段の練習量が尋常ではなく、キツい練習の継続で培ってきた基礎体力に優れていて、そこに技術が乗っかっている感じ。

ブラジリアン柔術も競技レベルが上がって、今後はフィジカル要素で負けないことが必須条件になってくるかもしれませんね 🥋

プロフィール

TUNETOMO 取材・文/イラスト

柔術紫帯。柔道黒帯。上級ウェブ解析士。デジタルマーケティングによるWeb戦略提案とUI/UXディレクションが専門分野。柔術とイラストレーションと洋服が好きすぎて、オリジナルのアパレルSHOPまで作ってしまった。

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